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ハルシャ・ヴァウダナ 首都カニヤークブジャの繁栄
ハルシャ即位当時の北インドはグプタ朝崩壊後の分裂時代で
その様子は玄奘の『大唐西域記』に詳しい
なかでもベルンガ地方のカルナスヴァルナは、ガンガー下流域の
肥沃な平野を擁して強力な国家となっていた
王位についてからのハルシャの一番の目的は
このベンガルの雄を倒して兄王の無念を晴らすとともに
生産力豊かな土地を領土に加えることにあった
王は兵力の増強をはかって象軍500、馬軍2万、歩兵5万の軍隊を組織し
ベンガル地方を平定してその宿題を果たすと
「象は鞍を解かず、人は甲を脱がず」と表現されるように
休まず軍隊を東西に進め、わずか6年のあいだに北インド全域の支配を実現した
その時点で象軍は6万、馬兵は10万にも達していたという
以降湯とのカニヤークブジャは北インドの政治の中心都市となり
マガダ国の発展と共にグプタ朝にいたるまでの中枢の一を占めた
パータリプトラにとって代わることとなった
その様子は玄奘の『大唐西域記』に詳しい
なかでもベルンガ地方のカルナスヴァルナは、ガンガー下流域の
肥沃な平野を擁して強力な国家となっていた
王位についてからのハルシャの一番の目的は
このベンガルの雄を倒して兄王の無念を晴らすとともに
生産力豊かな土地を領土に加えることにあった
王は兵力の増強をはかって象軍500、馬軍2万、歩兵5万の軍隊を組織し
ベンガル地方を平定してその宿題を果たすと
「象は鞍を解かず、人は甲を脱がず」と表現されるように
休まず軍隊を東西に進め、わずか6年のあいだに北インド全域の支配を実現した
その時点で象軍は6万、馬兵は10万にも達していたという
以降湯とのカニヤークブジャは北インドの政治の中心都市となり
マガダ国の発展と共にグプタ朝にいたるまでの中枢の一を占めた
パータリプトラにとって代わることとなった
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